スペシャルインタビュー

Down Beat From NY

Mr Tony Screw

 

Down Beatは1970年前半からNYで活躍している、現在存続しているNYシステムの中では最も古いシステムであります。そのすばらしいダブプレートのクオリティの高さはサウンドボーイ達の間でも評判高く、今回久々のジャマイカの里帰り中と言う事で、パピーンと言うブルーマウンテンのふもとのゲットーの自宅でオナー兼現役のMC&セレクターであるトニースクリュー氏の貴重な昔のサウンドの話を聞く事が出来ました。

Q1.本名・生まれはいつですか

本名はトニースクリュー、生まれはここパーピーンだよ。1970年までは個々に住んでいたんだが、1971年ちょうど30年前にアメリカのグリーンカードをゲットした事がきっかけで、アメリカNYに移住したんだ

 

Q2.セットをはじめたのは

初めてシステムをはじめたのは1969年ジャマイカで17歳のときT-Toneと言う名前のサウンドさ  1971年にアメリカに移住してすぐDown Beatをはじめたのさ

Q3.ダウンビートというのはスタジオ1のシステムと同じと言う事ですか

スタジオ1(コクソンダッド)が60年代にやっていたのはコクソンダウンビートと言う名前でNYのダウンビートとは違うんだが、名前はコクソンからもらった。もちろんコクソンの許可ももらったよ

Q4.その頃活躍していたサウンドと言うと?

そのころNYにはテッパトーン・Upsetter・ブルワッキー・エロロッカーズなんていうのが活躍してたヨ。アフリカンスターは確かうちより2〜3年後に出来たサウンドなんだが、ここは良かったよ  うちはシャインヘッド・プロヘッサーナッツ・パパサンなんてのを連れてたんだけど、あっちは  スーパーキャットとを連れてたからね。NJのパパモークも良かったな。マイキージャレットのテロリストやダニードッレドのアディーズは80年代に入ってからだよ。そーいえば1984年に初めてアメリカNo1を決めるチャンピオンインアメリカ等クラシュをうちとアフリカンスターとパパモークでやったんだが、もちろんうちの勝ちさ。1987年には日本のDJナオキと一緒にカルフォルニアのツアーもしたよ。パパサンや プロフェサーナッツ、ブリギー等も一緒にね総勢13人だったな。ブリギーはなんていってもマイDJだよ家も近いし(同じ通りに住んでいる)1979年に初めてダブをとったDJはブリギーだった。アメリカで初めてダブプレートを取って使ったのもうちだよ

Q5.何曲くらいダブを持ってるのですか?

5000曲以上は持ってるよ・・・本当にダブというのはもともとプレリリースだったんだ。レコーディングする前にプレリリースとしてダブを取り客の反応を見、プロモートする。客の反応が良ければすぐにレコーディングだよ。シャインヘッドのビリージーンもそうだよ。まずうちでプレリでダブをとったんだ。 それからみんなが欲しがってアフリカンラブでレコーディングしたんだ。だから未発表曲のダブは一杯持ってる、バリーブラウンは20曲以上マーシャグリフィッツも有るしバニーウエラーだって持ってるSharkesやタイロンタイラー・ターマリッツなんてのも有るよ。レゲエ以外のダブをとり始めてのもうちがはじめだと思うカリプソやソウル、マンハッタンズのダブもあるよ。最近はグレンワシントンやモーガンズヘリテージに力を入れている。彼らがまだ無名頃からずっとかけまくって名前を売ってきたんだ。サウンドとは良い新人アーティストを有名にプローモートしてやる 指名があると思うんだ。もともとダブとはその為の物だよ

Q6.あなたの事ですが・・・サウンドの他にお仕事はしてるのですか

今はサウンド一筋だが、1971年にNYにわたってからまず職業訓練所に行ったよと言うより父親に行かされたんだが、まず洗濯機の修理の資格を取って、それから電気修理の資格を取ったが、結局ジャマイカンのテラー(仕立て服や)で働いて服2〜3年を作ってたんだ。その後は貨物の会社で17年間働いたが、去年退職したんだ。それで今はサウンドオンリーさ。でもNYに行ってから21年間毎週土曜日は欠かさず ずっと営業をがんばってきた。NYとNYの近郊の各地でね。それで今のダウンビートがあるんだよ。

Q7.ダンスはこの20年でどういう風に変わって来ましたか

まず20年前ダンスは男の世界だった。客はほとんど男だし、ハードコアな世界だよ。たしか1989年にクラッシクと言うサウンドがジャマイカで一番だったんだが、NYに移転してきて、アフリークになったんだ。(今のNYのアフリークじゃない)それでジャマイカでNo1のサウンドがストーンラブに取って代わった。それとライブビデオの出現でダンスが変わったんだ。今までの男の世界から、社交場に、ダンスはビデオテープに映る為の服や髪型を見競い合う女の世界になった。それで今のストーンラブような形態のダンスが主流になったんだ。後ここ最近の急激な変化はダブのだよ。ダブプレートはさっきも話した通り、プレリーリースだったのが、そうでなくなり、サウンドの力を計るのもとなったんだ。たとえば何曲バウンティを持ってるほうがすばらしいとかね。最近のダブはお金の見せあいだろう。それにそういうダブは次ぎの年にはもう使えないんだよ、ばかげてるね。お金が掛ければ作れるんだからね、でもダウンビートのは他とは違うんだ。そういう馬鹿な子供のレースには参加はしないよ。全てがオリジナルなんだ。それに10年後だって掛けれるダブしか作らない。だからうちにはバウンティはいらない。そんなものなくてもNo1になれるのだから。

Q8.デビットロディガンやマイティクラウンについてどう思いますか

両方ともすばらしいと思うよ。ジャマイカ人は古い音楽を大切にしないだろう。でも外国人(白人や日本人)は違うんだな。特にロディガンのプリンスバスターのダブはすばらしい、ボブマーリーのダブについては???と思う事があるけどね、イギリスのサーコクソンでっとったって言ってるらしいが、俺の知ってる中でボブマーリーダブを持ってるのはliditlyと言うカナダのサウンドだけだよ。彼は昔ジャマイカに住んでいてボブとは近所のよしみでサッカー仲間っだったそうだからボブが曲をプレゼントしたらしい。マイティークラウンはすばらしいよ。ああ言う若者が出てきてくれるのは本当に良い事だ。去年サクソン(イギリス)とマイティとうちでクラシュをしたんだが客が20人くらいしか集まらなくって、プロモーターが客が集まるまでクラシュを押さえたんだが、うちがはじめに回してサクソンそしてマイティだったんだが、客が少なかったために納得の行く展開を望めなかったんだ。また機会があればちゃんとした状態でやりたいよ。負けないぜ。ロディガンとも3年前のイギリスでのワールドクラシュでやったんだけどこのときも2時半に中止になって、納得のいく結果を得られなかった。又やりたいよ。

Q9.日本には行った事はありますか

数年前Mrソニー(タキオンアメリカの社長)から話があったのだが、まだ行ってない。日本はマイティの影響もありオールディズやファンデーションだ好きな人が多いと聞いているので、是非行ってプレイしてみたいよ。日本でマイティクラウンとクラシュなんてことができればいいけどね・・・

このインタビュー中で彼から聞いたのですが私がNY在住中大変お世話になったDon1スタジオの奥さんMisSoniaが4月5日に病気の為他界されたそうです。この凶報に大変驚いていますが何より冥福を祈りたいと思います

I Miss You Mis Sonia God Bless You

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